カテゴリー:日本文化と笹
太陽が月に隠されて、地球が一瞬の闇に閉ざされる「皆既日食」太陽が唯一の照明だった時代ではどんなに不気味な現象に思えたことでしょう。
2009年7月22日、日本の陸地では46年ぶりとなる皆既日食が観察されました。残念ながらトカラ列島など、多くの地方では天候に恵まれなかったようですが、一部の島や洋上では、コロナやダイヤモンドリングが観察されました。
日本の神話としてあまりにも有名な天岩戸伝説では、太陽の神であるアマテラス (天照)大神が岩戸に隠れたために世間が真っ暗になったとされますが、この神話は皆既日食が元になっているという説があります。国立天文台の谷川清隆・相馬充らによると、学術的に特定された日蝕は『日本書紀』推古天皇36年3月2日(628年4月10日)が最古であるといいます。
天岩戸伝説では、スサノオの傍若無人に怒ったアマテラスが天岩戸を閉じて姿を隠してしまわれ、天地は闇となってしまったといいます。当時、日蝕は驚くべき、かつ恐ろしい現象であり、地から魑魅魍魎(ちみもうりょう)が湧き上がり、世の中に様々な禍(まが)が発生すると信じられていました。八百万の神は天の安河の川原に集まり、どうしたらよいか相談しました。その結果、岩戸の前で楽しそうな余興を行い、闇なのに何が楽しいのかと、アマテラスが外を覗くために岩戸を少し開けたところを、力持ちのアメノタヂカラオ(天の手力男)が一気に岩戸を開けるという作戦を立てたのです。その余興とは、まったく意外なものでした。
技芸の神であるアメノウズメノミコト(天鈿女命)は、天の香具山に生える笹を両手に束ねて持って、半裸になって一種のトランス状態で舞い踊るというものです。八百万の神々は大喜びで大いにはやし立てました。あまりの騒々しさに、何が起こっているのかとアマテラスが隙間を開けてくれたので、作戦は大成功。世の中は再び光あふれる天地にもどったといいます。笹は神の言葉を人に伝える呪力あるものとして、巫女が笹の枝を持って村里に出て神わざを見せたのが能楽や舞楽のはじまりともいわれています。
「笹」という字を中国人に見せてもまったく読めません。この「笹」という字は中国から渡来した「漢字」ではなく、日本人が考案した「国字」だからです。中国の「漢字」で「笹」にぴったり対応するものはありませんが、「箬(じゃく)」という中国に多いオオバヤダケ(笹の一種)を示す漢字が一番近いようです。「箬」という漢字は、「若」という漢字の上に「竹」かんむりを加えたものですが、どうも天岩戸伝説と密接に関係する深い意味が隠されているようなのです。
漢字の起源とその意味について研究した白川静によると、「若」という字は、若い巫女が両手をあげて、トランス状態になって舞いながら神に祈り、神の信託を求めている形だといいます。「若」という字の「口」の部分は、後に加えられたもので、人の口の象形ではなく「サイ」という祝詞を収める容器の象形です。「箬」という笹を意味する漢字はこの若い巫女が、両手に笹を持って踊っている姿であり、まさに天岩戸の前で笹を持って踊ったアメノウズメノミコトの姿そのものの象形という解釈が成り立つのです。